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 日々の出来事を記録。
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05/23
SFブームも起きていた!
   この年また同時に、SFブームも起きていた。元々小学生達には「スーパーカー・ブーム」が起きていて、そこへ「宇宙戦艦ヤマト」のヒットにより、「メカ物ブーム」という形になり、更に加えて海外での「スターウォーズ」がヒットしているとの情報が伝わり、「宇宙SFブーム」「宇宙活劇(スペースオペラ)」ブームとなったワケである。実際にはこれらが独立して流行した訳ではなく、それぞれ「SF・メカ物・アニメ」といったものが渾然一体・融合して世間に広まったブームだった。
  当然これらのブームは社会現象となったが、「スターウォーズ」がエポック・メイキングだったのは、それまで宇宙SFのメカはスマートで美しく輝いているイメージだったのだが、「スターウォーズ」に登場したメカニックはそのほとんどが汚れが入り生活観が漂う物で、土木作業機械をイメージしたような無骨で生活に根づき、そのメカから宇宙でそれぞれの人々の生活ぶりが感じとれるものであった。
だから「スターウォーズ」の関連商品で、「Xウィング」や「インペリアル・クルーザー、スターデストロイヤー」などのオモチャなどが発売された時など、わざとウェザリング=汚しが入れられたオモチャが発売されたのは、これが初めてなんじゃないかな?なんせそれまでのオモチャの既成概念では本来、商品をより綺麗に見せるというのが常識だったから、わざと汚しを入れて売るなんてのは、革命的な物(ブツ)だった。
それで東映が「なあんだ、SFのメカって薄汚れていてイインだ!宇宙でチャンバラ時代劇やってイイんだ!」と思ったか知らないが(笑)東映は「宇宙からのメッセージ」という、まんま得意のヤクザ映画の監督、スタッフ、キャストによる大作SF宇宙映画を製作した。この映画はヤクザ映画「仁義シリーズ」の深作欣二監督によるもので、出演者も、怖いヤクザを演じていた成田三樹夫とかが宇宙の皇帝を演じているので、未見の方には先に「仁義なき戦い」を観た後にこの映画をおススメする(笑)
一方の東宝ではやはり宇宙を舞台にした「惑星大戦争」という作品を製作・公開した。これは「海底軍艦」の轟天号をモチーフとした宇宙防衛艦を主役とした得意の超メカ物で、「宇宙戦艦ヤマト」の影響もある作品だ。
 実は「スターウォーズ」は本国アメリカで大ヒットしたものの、配給の都合で日本公開は翌78年へと先送りされてしまった。そこで映画会社各社、本家「スターウォーズ」が公開される前に自社の「宇宙SF映画」を!という心意気に燃えていたのだが、現在のようにインターネット等によって情報がリアルタイムで伝わる時代ではなかったので、限られた「スターウォーズ」の情報を元に、各社独自のアイデアを盛り込み、結果個性的な作品群が出来上がったのだった。

 この「SFブーム」の中での佐藤プロは、秋田書店「月刊プレイ コミック」で「エロチックハンターシリーズ」というのを連載していたのだが、青年誌である本誌「週刊プレイ コミック」に連載(1977~1979年)されていた松本零士先生の「宇宙海賊キャプテンハーロック」がアニメ化されると、アニメファン層がグッと増え、女性読者から「いやらしい、女の人のヌードは載せないで!」とクレームが入り、巻頭のヌードグラビアに代わって「キャプテンハーロック」をはじめ「海のトリトン」などのアニメ特集記事が占めるようになり、担当編集者は佐藤プロに来るなり「いや~ぁ、ウチの本誌はすっかり『よいこのプレイ コミック』に変わってしまいましたよ。」と笑っていた。
 その佐藤プロにもSFの手は伸びる・・・竹書房の「ギャンブルパンチ」という麻雀専門誌から故・半村良先生の「石の血脈」の劇画化依頼が来たのだ。
 「石の血脈」とは半村良先生の初長編作品で、内容は古代アトランチスの謎を秘めたクロノスの壺が鍵となり、吸血鬼となった人間がやがて石化し、その後不老不死の超人になるという設定で、古代の巨石信仰、犬神信仰、狼男伝説、吸血鬼伝説といったものが盛り込まれた伝奇SFロマンだ。実は某テレビ局のプロデューサーがテレビシリーズ化として企画し、メディアミックスとして「ギャンブルパンチ」で連載されたのだが、結局TV化の話は流れ、劇画連載のみ半年間連載されたのだった。
 だから連載当初は凄く力が込められ、生頼範義先生の描き下ろしイラストが数枚カラーグラビアで掲載された程だった。そして担当編集者が生頼先生の生画稿を持って来て見せてくれた時は感動した!A-全版のボードにアクリル絵の具で描かれていたそのイラストは、石化した美しい女性像と、それを運ぶ狼男が描かれてあった。得に生頼先生は「ウルフガイシリーズ」の平井和正先生のイラストをも数多く描いていたので狼男を描くのは馴れたものだろう・・・と、思いきや、実はこの時点ではまだ、生頼先生は「ウルフガイシリーズ」では獣人現象を起こした「狼男」姿を描いてはいなかったので、この「ギャンブルパンチ」版「石の血脈」用の描き下ろしイラストで、初めて「狼男姿」を描いた事になるのだ。
 初めて見た生頼先生による「狼男姿」は既存の狼男のイメージを遥かに凌駕する実にシャープで、とてつもなく格好良かった!・・・それで私はこの「狼男」の画を一生懸命模写したところ、それが佐藤先生に認められ、「石の血脈」の登場キャラクターにおいては「狼男」の作画担当者に抜擢されたのだった。・・・それまで「オマエが一番ヘタクソ!」と言われてろくに作画はさせてもらえず、ベタ塗りや消しゴムかけといった仕上げ作業しかやらせてもらえなかった自分にとっては一番大きな大抜擢、昇進だった。
 作品の顔とも云うべき最初のタイトルが載る、通称「トビラ」と呼ばれるページは必ず佐藤先生か、女性キャラクターを担当して描いているチーフ・アシスタントのれい横須賀さんが描くのが通例だったが、「石の血脈」に限っては私にトビラを任せてくれた事も度々あり、得に最終回は狼男がメインで暴れ回るので、私が多くのページを担当すると、他の作品ではメインの作画を行っている同僚達が、私のために仕上げを行ってくれて、横須賀さんまでがベタ塗りやはみ出し線消しのホワイトかけまでやってくれて、かくて締め切り日の徹夜明けの朝7時までには原稿は完成した。私は社会に出てこの時ほど友情パワーを感じた事はない。

 「石の血脈」はまだ未単行本化作品で、半村良先生、佐藤まさあき先生共に故人となってしまったが、私にとって佐藤プロ時代の一番の思い出深い作品である、何とか単行本化されてほしいと願うのだった。

石トビラ

 初めて丸々一枚トビラをまかせてもらった画。

石1

 獣人狼男の覚醒!フランク・フラゼッタの画を参考にした。
石2

 狼男大暴れ!当然、生頼先生の画も参考にさせてもらってます。佐藤プロ時代のワタクシの渾身の作画でした。
石3

 美女石像と化した主人公の恋人が、動けなくなったはずなのに、決死の頭突き!・・・木っ端微塵に砕け散る、感動すべきシーンなのです!
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01/29
アニメ・ブームが起こった!
  私が佐藤プロへ入社した年の夏に「アニメブーム」が起こった。それはひとつのTVアニメーションが劇場公開された事がキッカケで、牽引力ともなった。「宇宙戦艦ヤマト」の大ヒットである。
 
 この作品はこの年から溯る事3年前の74年に放送された、かの戦艦大和が宇宙戦艦に改造されて、宇宙空間で海戦を行い、海洋冒険テイストを宇宙に持ち込んだ、スケールの大きなスペースオペラSFのテレビアニメだったが、以前述べた通り私にとって、戦艦大和は子供の頃より刷り込まれた怪獣と同等のカリスマだったので、最初テレビスポットで「宇宙戦艦ヤマト」なるタイトルを観た時は、「なんでも『宇宙』を付けりゃあSFになるってモンじゃあないだろう!」と、正直バカにして笑ってしまった。
 だが後日、雑誌で特集記事を見たら、何と!松本零士先生が手掛けているのを知って驚いたのだった!松本零士先生といえば当時、最もシャープなSFメカを描く漫画家として知られ、また、架空のSFメカだけでなく実在の現用兵器にも造詣が深く、加えて「戦場マンガシリーズ」といった作品で、戦場の兵士の心情を描ける作家としても高く評価されていた人物であった。
 だから「松本零士先生がやっているアニメなら、ただ宇宙船に戦艦大和の名前をつけて、宇宙に飛ばしただけの作品とは違う!」という強い確信をしたのであった。なにより雑誌特集記事にぎっしりと載せられたメカ描写が、当時の既存のアニメの常識を遥かに凌駕した、とてつもないモノ凄さだったのだ!
 だから放送日が待ち遠しく、初めて観た時は、すさまじい衝撃を受けた!特に第二話などは、戦艦大和が宇宙戦艦ヤマトにリニューアルされ復活し、主砲を撃って敵宇宙空母を撃墜するまでを描いただけで丸々30分持たせてしまい、指揮する沖田艦長の口から「傾斜復元、船体起こせぇ~!」「主砲方位盤作動!」といった本物の戦艦の専門用語がバンバン飛び出し、太平洋戦争を描いたアニメンタリー「決断!」でも描かれなかったメカ描写の芸細かさで、敵宇宙空母撃墜後は回想シーンで戦艦大和の沖縄特攻がダメ押しで描かれ、「対空用電探、敵編隊発見!」「雲が低い!」と、これまた細かい軍事演出描写が成されていたのだった。
 そういった、軍事物を宇宙へ持っていったような骨太ドラマで、それまで宇宙を舞台にしたスペース・オペラではスマートな宇宙船が活躍していたのだが、無骨な「戦艦」が巨大な大砲を宇宙に振りかざしたビジュアル・イメージは革命的に斬新なものだったのだ。
 まさに「宇宙戦艦ヤマト」は当時、松本零士先生以外には考えられない作品、松本零士先生なくしては完成し得ない作品だったと云えよう。

 ・・・しかし残念な事に、そんな力作であった「宇宙戦艦ヤマト」であったが、裏番組が名作「アルプスの少女ハイジ」であったり、巨大ロボットの活躍が人気だった当時に、メカ物でありながらまったく登場しなかったり、「オモチャで一番人気の無い商品は船だ。」とも云われていた時期でもあり、番組は半年で打ち切られてしまった・・・。

 ・・・だが、ヤマトはまだ死に絶えてはいなかった。
この作品のインパクトの大きさと、それまで幼児者や小学生がメイン・ターゲットだった日本アニメ界だったが、この作品は中学、高校生までにメイン・ターゲットを底上げした作りだったので、再放送の度にファンを増やし、全国にファンクラブが出来て活発な活動が行われた。そして77年の夏にTVシリーズを映画用に総集編にして都内いくつかの映画館で単館ロードショーすると一気に火がつき大ブレイク!急遽映画館も単館から全国拡大ロードショーとなり、秋まで上映が続行されるというロングラン・ロードショーをおさめたのだった。

 この「宇宙戦艦ヤマト」の劇場成功がキッカケとなり、それまで「まんが映画」「テレビまんが」と言われ、子供向けのものだけとされていたものが「アニメーション」として認識され、一気に「アニメ・ブーム」が起こったのだった。
 徳間書店からは初のアニメ専門誌「アニメージュ」が創刊され、表に出なかった「声優」にもスポットが当たり、べテラン声優達が表舞台に登場して注目され、同時に佐々木功、水木一郎、堀江美都子といった番組主題歌を唄っていた歌手も注目され、(現在アニソン歌手《アニメソング》として知られる影山ヒロノブ氏もこの時期に、少年ロッカーグループ『レイジー』のボーカルとしてデビューした。私も当時レコードを買った記憶がある。)TVでは「ルパン三世」「新・巨人の星」といったかつての名作も復活したのだった。
  その「アニメ・ブーム」を受けての佐藤プロの状況だが、TVで「宇宙戦艦ヤマト」「巨人の星」が再放送されていたので、佐藤プロでも夜食の休み時間にみんなで観ていたのだが、以前に紹介したようにマネージャーをやっている佐藤先生の兄・記本氏は阪神タイガース・ファンで大のアンチ巨人!「なんでワイが巨人軍のアニメ観なきゃアカンのや?」と言いながらもすっかり「巨人の星」にハマってしまい、甲子園大会決勝戦で、利き手の爪を割りながらも全力で戦い敗れた飛雄馬の姿にすっかり感動して、「あんな梶原のオッサンの書いた話に感動するなんて、もう、悔しゅうて悔しゅうて・・・」と言いながらボロボロ涙を流していた。
 また、「科学忍者隊ガッチャマン」が再放送された時など番組を一目観るなり、「こりゃ九里一平のヤツの絵だな!」と、その漫画同業者としての眼力の強さを発揮していたのだった。(九里一平氏は『ガッチャマン』を製作したタツノコプロの人間だが、漫画家としても活躍されていた。現・タツノコプロ代表取締役社長。)

 ・・・一方の佐藤先生だが、なぜかこの「アニメ・ブーム」にもの凄い抵抗感があったようで、「アニメ」なる言葉を使う事も毛嫌いし、無理して「動画」とかいう言い方をしていた。私個人の考えでは、別にアニメが台頭してきたからといって、劇画がその地位を脅かされる事は無いだろうし、ましては駆逐されるなどとはありえないと思うのだが・・・。
 そんな佐藤先生だが、意外に「ジェッターマルス」は観ていたようだ。「ジェッターマルス」ってナンだ?とお思いの方もいるかも知れないが、アニメブームによって本作品は当初、「鉄腕アトム」のリメイクとして企画されたものだったそうだが、諸事情によりアトムを作る事が出来ず、やむなく「ジェッターマルス」というアトムに似たバリエーション的、分身とも言えるキャラクターとして作り出された作品だった。
  ・・・同様な事は石ノ森章太郎先生の「サイボーグ009」も同時期企画され、やはりリメイクとはならず、アトムの時の件と同様に「009」と似たバリエーション的キャラクターとして「ガイスラッガー」という作品が生み出された。そして両者の作品も、共に一年後は「鉄腕アトム」も「サイボーグ009」もしっかりとリメイクされたのだから、奇妙な現象が起きたと云える。(まあ、『ジェッターマルス』『ガイスラッガー』の両作品も単なる『鉄腕アトム』『サイボーグ009』の二作品の二番煎じではなく、独立したオリジナリティを持った作品だったし、特に『ガイスラッガー』は『仮面ライダー』をはじめ、数々の実写ヒーロー物を手掛けた平山プロデューサーの、数少ないアニメ作品である。)
 で、佐藤先生と「ジェッターマルス」の話だが、以前話した通り佐藤先生は手塚先生の崇拝者だったので、このアニメブームの時期に、当時小学生だった息子さんに「鉄腕アトム」のマンガを見せたところ、息子さんがアトムを指して「ジェッターマルス、ジェッターマルス」と呼ぶので「ナンやそれ?」と思い、息子さんと一緒に「ジェッターマルス」を観たというのだ。それで「まるでアトムのニセモノやんけ!手塚先生もけったいな事やりなはるなぁ~。」と感想を述べていたのだった。

 「ジェッターマルス」の詳しくは「ジェッターマルス ファンのページ」さんを紹介しますので、「ジェッターマルス」に興味を持たれた方は、ここを拝見して下さい。
http://www.geocities.jp/jetter_mars2015/(アドレスをブラウザ貼り付けでお願いします。)

 ・・・とはいえ、そんなもっともアニメに縁のないと思われた佐藤先生の作品も後年、もっともアニメに縁のないと思われた強姦、誘拐、監禁、殺人作品「堕靡泥の星」がアニメ化されてしまったのだから、世の中ワカランものです。
宇宙ヤマト

 上は学生時代に描いたヤマトのイラストです。
12/27
佐藤プロ時代3
佐藤プロ

 佐藤まさあき先生は、実に個性的な人だった。
作画作業を行っている最中、様子を覗き込み、突然、「ひえぇ~っ!、ちゃうやんけぇ~っ!!」と絶叫!作画の間違いを指摘し、「もう、ええ、時間無いからそれでええ!」と、結果オーライになる事しばしば。
 鎌倉にラブホテルのような豪邸を構え、室内に池があり、まだ家庭用ビデオが普及していなかった当時、すでにホームビデオ(βー1!)からミニシアターまでも設備して、車の免許は無くともクルーザーの免許は取っていて、我々をクルージングに誘ってくれたのだった。
 更に佐藤先生は表向きは、「打倒!手塚治虫」を目指してさいとう・たかを先生達と劇画を起こしたと云われていたが、本人はもの凄い手塚ファンというか手塚崇拝信者であり手塚治虫マニアだった。手塚先生の描き損じのナマ原稿や、単行本化された時に描き直されて、切り取られた元画とかを一杯持っていたし、手塚先生に「鉄腕アトムを描く以前のキャラを全部描いて下さい。」とお願いして描いてもらった色紙とかが飾られていた。

 同僚のアシスタント仲間も皆個性的な人物ばかりで、佐藤先生のお兄さんである記本氏がマネージャーをやっていたのだが、記本氏は熱烈な阪神ファン。すると同僚の一人は根っからの巨人ファンなので、いつも試合放送の時は二人共張り合っていた。
 他にガン・マニアの同僚アシスタントがいて、かれは文字通り「火を見ると燃えるタイプ」であって、徹夜続きで仕事のストレスが溜まると、突如!灰皿にモデルガンの火薬を爆発させ、炎を吹き上げさせると銃撃戦を始めるのだった!
 こんな我々の様子を、先生自身どう思っていたのだろうか?

「-彼らはかつてのスタッフのように反抗とか、鬱状態に陥るのではなく、逆に躁に走りだしたのである。たまりにたまったストレスを、突如乱痴気騒ぎをすることによって発散させるようになったのである。
 一人ウルトラマンの好きなのがいて、突如机の上におどり上がって‘シュワッチ!‘とやらかす。すかさず一人が怪獣に変身し、事務所の中でウルトラマンの乱闘シーンが現出する。
 どこからかスヌーピーの大きなぬいぐるみを持ってきたと思ったら顔にいたずら描きをし、首をチョン切り腹を裂いて、翌日みたらビルの前の街路樹にまるでクリスマスツリーみたいにスヌーピーの首がぶら下がっていて、大勢の人がたかって見物しているのである。
 またあるときはビルの下のほうでパチパチと音がするので何かな?と思って外を見ておどろいた。舗道でボウボウと原稿を燃やし、『キャホー』と叫びながらインディアンゴッコをやらかしているのである。
 いまやもうわがプロダクションは正気の沙汰ではなくなって来た。」
    (『劇画私史三十年』より抜粋)

 ・・・いやはや先生には申し訳ない。しかしこちらは「劇画のアシスタントは、こーゆー事をやっても許される人種なんだな。」と思っていたので、まったく気にしなかったのだった。

・・・しかしそんな佐藤先生も04年に亡くなってしまった。早すぎますよね。本当にショックです。思い起こせば先生にはお世話になりつつもご迷惑をかけたりして、不肖の弟子でした。

 先生は晩年、暴露本的な物を書いていたので世に敵も多く、その所在を明かしていなかったが、私は、友人の阿乱レイ氏の家の近所に先生が引っ越して来たので、現在の先生の住所・電話番号を知る数少ない人間の一人となり、晩年の先生とも何度か電話でお話する機会に恵まれていた。お体の具合も分かっており、まあ、あの先生、野菜は一切口にせず、好きな物しか食べなかったので栄養は偏りっぱなしであり心配していたのだが、まさかこんなに急に・・・という気持ちだ。
 先生の死亡記事をNET上で知り、先生の家に電話したところ兄上の記本氏が出たのでに聞いたが、葬式は先生の晩年の本の内容の関係から、外部には知らせず、ごく身内のみで式を済ませたそうであった。
          ・・・・私としても誠に残念ですが、御冥福をお祈り致します。
私の大先輩で、先生の元アシスタント・かざま鋭二先生、松森正先生らが「しのぶ会」を企画中だそうです。

12/12
佐藤プロダクション入門=その2
 いい加減な気持ちで入社した私であったら、プロの世界はそんなに甘くない。さっそく洗礼を受けるのであった!

前記したように、佐藤プロダクションのアシスタント達は、チーフのれい横須賀さん以外は私を含め皆今期入社した新人ばかりで、いわば全員同じスタート・ラインに立たされた者同士というワケなのだが、メンバーの中で私がイチバン絵がヘタだ!と言われ、他の皆はドンドン大きな背景を任されたり、サブ・キャラを描く者も現れたが、私だけはいつまでも黒い部分を塗り潰す「ベタ塗り」と、はみ出した部分を白い絵の具で消したりエンピツの線を消しゴムかけやったりという「仕上げ作業」しか任されていなかった。
 いい加減な気持ちで劇画プロダクションに入社した私であったが、それでようやく「これではイカン!」と、やる気を出し、本気で漫画の事を考えるようになったのだった。

 そして今まではあまり知らなかった漫画の基礎知識も勉強し、池袋や神田の画材店へも顔を出し、道具や原稿用紙選びも行い、出版社投稿用の作品も描くようになった。
 ・・・その反省点の中で自分の最大の問題点は「描く線が太い」という事で、細い線が描けないという事だと気づいた。原因は自分の筆圧が強い事だ。それは今までの格闘技鍛錬で、大山倍達やブルース・リーの真似して「拳立て伏せ」や、指だけで逆立ちが出来るように徹底的に鍛えてきたので、指の筋肉も強化したので筆圧のパワー調節が出来なかったのだ。
 それで筆圧のパワー調整を行い何とか細い線を描けるように努力した。おけげで現在、柔らかい筆ペンの穂先を使ってでも細い線が描けるようになった。

 「周りの皆は友人でもありライバル」という環境は、少年時代から柔道、剣道、空手同好会と、体育系まっしぐらで進んできた自分にとっては馴染みのものであるが、初の社会生活において、それを最も強く感じたものであった。
試作漫画

 この作品は、出版社投稿用に描いたが、中途半端で投げ出し未完。
 都会へ上京した青年が、知り合った仲間達とバイクのチキン・ランをやったりして度胸を付けていくが、実はその仲間達は極左翼の過激派で、テロ活動を企ていて、主人公も逃げられず引きずり込まれていくという社会派作品・・・だったと思う。
 
 この頃が一番漫画に対して真剣に考えていたようだ。
12/12
佐藤プロダクション入門=その1
  千代田デザイナー学院卒業後、私は劇画家・佐藤まさあき先生主催の劇画製作事務所「佐藤プロダクション」へ入社する事がきまった。
 ・・・と、言ってもこの頃は本気で漫画家になろうとも思わず、学校へいくつか会社案内が来て、それまで平野氏達と、「佐藤まさあきのキャラって、面白いよね!」とか言って、単なる読者の立場で佐藤先生の作品を楽しんでいたトコロに佐藤プロの職業案内が来たものだから、「面白いから行けよ!」と平野氏らに後押しされ、冗談半分に面接に行ったら、受かってしまったというワケであったのだ。

 ・・・だが一方、佐藤先生の立場からすれば、丁度この頃、チーフのれい横須賀さんを残してベテランのアシスタントが全員辞めてしまい、クズでも何でも、兎に角絵が描ける奴ならどんなボケでもイイから欲しかった、という事情があったそうだ。
 そんな裏事も知らず、私は「自分は漫画の世界に入ったぞ!」と、単なる物珍しさにこの仕事を楽しんでいたのだった。秀作キャラ

 画像は就職面接の時に持参した物のひとつ。劇画のプロダクションだから劇画調のキャラが良いだろうと描いた作品。
 でも、こーゆートコロはアシスタント募集だから、人物より背景が上手く描けるか?で判断されるのだけど、私はこんな調子でよく受かったなと思った。

 
 下の画はSF作家を目指していた友人のために描いたイラスト。ストーリーは機械化女王がナンタラという物だったが、なんか「ウルフガイ・シリーズ」(平井和正・作)、みたいな話だったので、「ウルフガイ・シリーズ」のイラストを描いていた生頼範義先生の絵柄を真似して描いてみた。機械化女王



8マン

 んで、こーなるともう、悪ノリ暴走!
「宇宙沈」という同人誌に勝手に描いた「小説8マン」のイラスト。
平井和正先生、生頼範義先生、ホントーにゴメンなさい。
Copyright © 2005 怪獣バカ一代.
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